事故を減らした先に、何が残るのか?高齢ドライバーの実車試験の有識者検討会の先にある社会の姿。

事故を減らした先に、何が残るのか

交通事故が減ることは望ましい。しかし、事故が少なくなるほど、残された一件に対して「なぜ事前に防げなかったのか」という問いが強くなる。高齢ドライバーによる事故が起きれば、その問いは「なぜこの人に運転を認めたのか」と、免許制度へ向かう。

その結果、制度は危険を減らすだけでなく、事故が起きたときに判断を説明できることを求められる。検査を厳しくし、一定の年齢や点数によって運転を認めない人を増やせば、事故を防げる可能性はある。一方で、車を失った人が通院や買い物を諦めても、それは交通事故の統計には表れない。見える危険を減らすことが、別の危険を暮らしの中へ移す場合がある。

私たちが心配するのは、安全を求めるあまり、人が自分の困難を話せなくなることである。本人は免許を失うことを恐れて運転の不安を隠し、指導する側は責任を恐れて判定だけに徹する。それでは、安全について率直に話し、改善を試みる機会が失われてしまう。

だからこそ、まず実際に運転して確かめたい。どの場面で難しさが生じるのかを本人と見つめ、練習や車両の工夫、運転する条件の調整によって改善できるかを試す。それでも運転を続けることが難しい場合には、必要な移動を続けられる方法をともに考える。

事故で傷つく人を守ることと、高齢者の暮らしを守ることは、対立させるための目標ではない。危険をゼロにできない現実から目をそらさず、事故の危険にも、移動を失うことにも、社会が責任を持つ。そのような制度を求めたい。

 

2026年09月26日