運転リハフォーラム北海道を終えて

 理事長の佐藤でございます。

先週の土、日、月の3日間。北海道の帯広、札幌、そして函館の3会場で、運転リハフォーラム北海道を開催させて頂きました。

3日間で60数名の医療職の皆様と教習指導員の皆様にお集まりいただきました。

貴重な3連休を浪費させては申し訳ないと思いながら、自分なりに精一杯のお話をさせて頂きました。

すでに当会が主催する各種の勉強会には全国で1500名超の医療職の皆様にご参加頂いております。

今年初頭の東北3県、そして今回の北海道と、病院数などを勘案すれば行くことを躊躇せざるを得ないエリアではありますが、

そのような地域だからこそ、運転の需要は高く、途方に暮れている患者と病院に対して、少しでもお役に立てればという想いのみで決行した次第です。

しかしながら予想以上の人数の皆様にご参加頂き、なんとか交通費と会場費を賄うことができました。ありがとうございました。

 

さて、帯広会場でもお話しさせて頂きましたが、今の医療機関は運転リハに関して、

「どこから来て、今はどこなのか?そしてどこへ行けばいいのか?わからない、砂漠の真ん中で立ち尽くす迷い人」のように映ります。

どこから手を付ければよいか、皆目見当もつかないという姿です。

そんな時、何が手掛かりなるでしょうか?私は歴史、つまり足跡を頼りにするほかない、と感じています。

運転リハにとって「足跡」とは何なのか?

それは、昭和35年以降、数えきれない障害者が自動車運転を通じて経験してきた歴史といえます。

歴史=足跡を振り返ることで、今の自分がどこから来て、どこへ行けばよいのか?少なくともどちらが前でどちらが後ろなのかはわかります。

ここから先のお話は、帯広、札幌、函館のすべての会場でお話した通りです。

誰が運転ができて、誰が運転できないのか?についての基準とは、現時点だけを切り取っても、発見することはできません。

「時間=歴史」という要素が不可欠です。

例えば高血圧の基準値は、現在だけを切り取っても基準は見つからないでしょう。歴史的な時間軸の中で、この血圧の方は病気になり、この血圧ならば健康を維持できた、という経験を知らなければならないのと同じです。

それがわからなければ、基準とは名ばかりで、有名無実なものでしかありません。

私が運転リハフォーラムで医療職ほかの皆様に伝えたいことは、このことに尽きます。

これまでの約60年間に、障害者はどのようにして運転をしてきたのか?どのように安全を確保してきたのか?どんな豊かな人生を運転を通じて手に入れ、同時に最悪の不幸を経験してきたのか?また、どのように運転という価値を維持してきたのか?

私は北海道の3日間を通じて、皆さんにお伝えしたかったことはこのことですし、それは現代において私にしか話すことができない内容です。

 

運転リハフォーラム北海道にご参加頂いた方の中から、本当の意味での運転支援の方法を見つけて下さることを切に願っております。

 

by 理事長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年07月18日